「公務員=安定」というイメージ、まだ信じていますか?今回は、10年勤めた市役所を辞めて民間企業へ転職した私の友人・石井さん(仮名)へのインタビューを通じて、“安定”の本当の意味、そして公務員からの転職のリアルな葛藤と決断を深掘りします。
「安定してるけど、ずっとこのままでいいの?」10年目で感じた違和感
「辞めるなんて、もったいないよ」
「一生安泰じゃん」
石井さん(仮名)が公務員を辞めたと知ったとき、まわりの誰もがそう言った。
だけど、彼の中にはずっと消えないモヤモヤがあったという。
地方の市役所に新卒で就職して10年目、30代に入ったころだった。
「仕事は安定してたし、待遇も悪くなかった。でも、ある日ふと思ったんだよね。このまま定年までここで、同じルーティンを繰り返すのかって。…そのとき、ちょっとだけゾッとしたんだ。」
市役所の仕事は、いわば“社会の歯車”としての役割。
誰かの生活を支える大切な仕事だし、責任もある。
だけど、逆に言えば、「毎日何かを生み出すわけでもなく、変化も少ない」ということでもある。
「やってる仕事が、良くも悪くも“代わりがきく”ことばっかりで。自分がいなくても回る職場って、最初はラクで居心地よかったけど、10年もすると“自分がここにいる意味”が分からなくなってきた。」
特に転機になったのは、同期のひとりが外資系企業に転職したという話を聞いたときだった。
「正直、衝撃だったよ。『そんな道もあるのか』って。自分も心のどこかで、もう“成長”みたいなものは手放してたからさ。でもそいつは、新しい分野でイキイキしてる感じがして…なんだか悔しかった。」
もちろん、安定の裏には安心もあった。
収入も公務員としては平均以上。福利厚生も充実していて、職場も人間関係に大きな不満があるわけじゃなかった。
でも、石井さんは言う。
「“不満がないから幸せ”ってわけじゃないんだよね。むしろ、“これでいいのか?”って問いが消えなくなった時点で、もう心の中では今の働き方を手放す準備が始まってたんだと思う。」
特に30代という年齢が、その決断を後押しした。
「40代、50代になると、もう簡単には動けないっていう実感もあった。だからこそ、『もし動くなら今しかない』っていう焦りもあったんだよね。」
この「違和感」が芽生えた時点では、まさか自分が本当に公務員を辞めるなんて想像もしていなかったと彼は笑う。
だけど、その“心のざわつき”を見て見ぬふりができなかったことが、転職という選択につながっていったのだ。
周囲は猛反対…それでも石井さんが公務員を辞めた理由
「親に話したときは、正直、空気が凍ったよね」
石井さんは苦笑しながらそう振り返った。
公務員を辞めたい――そう伝えたとき、最初に返ってきたのは「なに考えてるの?」という言葉。
当然だと思う。安定の象徴とも言える職業を、わざわざ手放そうという選択は、特に上の世代にとってはまるで“裏切り”に聞こえたに違いない。
「親はすごく誇らしく思ってたみたいでさ。親戚にも『うちの息子は市役所勤めで』って言ってたくらいだったし。だから余計に、“なんで辞める必要があるの?”って感情が先に立っちゃったんだと思う。」
職場の上司や同僚にも相談したが、返ってくるのは大体同じ反応だった。
「せっかくここまで積み上げてきたのに」
「もったいないよ」
「どこへ行っても、ここより安定した職場なんてないよ」――
その言葉が、石井さんの心を揺さぶらなかったわけではない。
何度も自分に問い直したという。
「本当に辞めて後悔しないか?」
「この選択は逃げなんじゃないか?」
「10年勤めたキャリアを、自分は捨てられるのか?」
でも、どうしてもその問いに対して、「このままでは納得できない」という答えしか返ってこなかった。
「公務員として働きながら、ふとした瞬間に“俺、このまま40歳になって、50歳になって、何が変わるんだろう”って思ったんだよね。それって、ある意味で“緩やかな絶望”だった。」
そして、決定的だったのが、ある新人職員との何気ない会話だったという。
「『石井さんって、なんでこの仕事選んだんですか?』って聞かれてさ。答えられなかったんだよね。いや、建前はいくらでも言えるよ。でも、“今の俺は、なぜここにいるのか?”って聞かれた気がしてさ…。何も言葉が出なかった。」
それまでの人生を否定したわけではない。
10年間の経験はかけがえのない財産だった。
だけど、それ以上に、「このままでは未来の自分に胸を張れない」――その想いが、彼の背中を押した。
周囲の反対があっても、理解されなくても、
最終的に自分の人生を選ぶのは自分しかいない。
石井さんはその覚悟を持って、退職願を提出した。
「怖かったよ。でも、“納得していない自分”でこの先を生きるほうが、もっと怖かった。」
誰かの期待を背負って生きるのではなく、
自分の意思で未来を選びたかった――それが、石井さんが公務員を辞めた本当の理由だった。
転職活動で直面した、民間との価値観ギャップ
10年ぶりの転職活動――。
それは、石井さんにとって“未知の世界”だった。
「正直、履歴書ってどう書くんだっけ?ってレベルだったよ(笑)。今まで転職活動なんてしたことなかったし、公務員試験は形式も違ったからさ。」
久しぶりに向き合う求人票の数々。
そこに並ぶ「即戦力」「実績重視」「裁量あり」という言葉に、最初は圧倒されたという。
「公務員って、むしろ“個性を出しすぎないこと”が求められるんだよね。役所の仕事って、“誰がやっても同じ結果になる”のが理想って言われてたからさ。なのに民間は、“あなたは何ができるの?”って最初から聞いてくる。価値観が真逆すぎてびっくりしたよ。」
特に苦戦したのは、職務経歴書だった。
役所でやってきたことは確かに多かった。
でも、それを「数字」や「成果」として語ることに慣れていなかった。
「〇〇課で住民対応とか企画書を作ってたことも、“それで何を達成したの?”って聞かれると、うまく言葉にできなくて…。今思えば、成果はあったのに、言語化するスキルが全然なかったんだよね。」
面接でも、「なぜ民間に?」「公務員を辞める覚悟はあるのか?」といった鋭い質問を何度も投げかけられた。
「当たり前だけど、民間企業は“人を採る=投資”だからね。『安定を捨ててきた人』に対して、“それだけの覚悟と実力があるか”をちゃんと見てるなって感じた。」
一方で、民間企業ならではのスピード感や挑戦姿勢には、新鮮さも感じていた。
「役所時代は、何か提案しても稟議が何重にもあって、“時間をかけて丁寧に”が基本。でも民間は、“まずやってみる”が大前提。最初は戸惑ったけど、だんだんその方が自分に合ってる気がしてきたんだよね。」
石井さんは、転職活動を通じて、**「自分が求めていたのは“安定”じゃなくて、“挑戦”だった」**と確信するようになっていった。
民間と公務員、どちらが良い悪いという話ではない。
でも、そこには確実に**“働くこと”に対する価値観の違い**があった。
「公務員としての経験は、決して無駄じゃなかった。でも、その価値を民間にどう伝えるか、自分自身が理解してないと、何も伝わらない。そこに気づけたのは大きかったかな。」
民間への転職は、ただ環境を変えるだけじゃない。
これまでの自分を見つめ直し、“言葉にして伝える力”が求められる世界だった。
新しい職場で気づいた、“安定”の本当の正体
石井さんが転職して最初に感じたのは、空気の違いだったという。
「まず、職場全体に“自分たちで会社を動かしてる”っていう当事者意識があって、そこに驚いた。公務員時代は“決まった仕事をミスなくこなす”ことが求められてたけど、今の職場は“どれだけ付加価値を出せるか”が問われるんだよね。」
転職先は、IT系の中小企業。少人数で動きが早く、部署の垣根を越えて連携しながら業務を進めるスタイルだった。
最初はそのスピードに戸惑い、何度も置いて行かれそうになったそうだが、次第に“自分の意見がちゃんと評価される環境”に手応えを感じるようになったという。
「これまで“自分を出しすぎないように”ってブレーキを踏んでた感覚が、今は逆に『もっとアイデア出して』『試してみて』って促される。責任もあるけど、やりがいもすごく大きい。」
そして、もっとも大きな気づきがあったのは、“安定”の意味がガラリと変わったことだった。
「前は“辞めさせられない”“給料が下がらない”っていうのが安定だと思ってた。でも今は、“自分のスキルや考え方が、どこでも通用する状態”の方が、よっぽど安心できるなって思う。」
民間企業に入ってから、石井さんは日々の仕事を通して、マーケティングやデータ分析のスキルを磨き、プレゼンにも積極的に挑戦するようになった。
気づけば、自分の名前が社内外で少しずつ知られるようになってきたという。
「もちろん、業績次第では不安定になる可能性はゼロじゃない。でも、変化があっても、自分の価値を“自分でつくれる”という実感が、むしろ本当の意味での安定なんじゃないかって思うようになった。」
“安定”とは、守られることではなく、
「自分で立てる力を持つこと」。
それが、石井さんが転職後に掴んだ答えだった。
「10年前の自分に会えるなら、言ってやりたい。“安定って、意外と壊れやすいんだぞ”って。でも同時に、“自分でつくる安定は、めちゃくちゃ強い”って。」
公務員を辞めた今、石井さんが語る後悔と本音
転職して数年が経った今、石井さんに率直に聞いてみた。
「正直なところ、公務員を辞めて後悔はなかった?」
少し間を置いて、彼はゆっくりとこう答えてくれた。
「ゼロじゃない。正直に言えば、“あのまま役所にいれば…”って思う瞬間も、ないわけじゃないよ。」
たとえば、体調を崩したとき。
忙しさに追われて週末が潰れたとき。
ふとニュースで“公務員のボーナス”が報じられたとき――
頭のどこかで「戻ったほうがラクだったのかな」とよぎる瞬間もあったという。
「やっぱり公務員って、制度がすごく守られてるんだよね。働く環境も整ってるし、変な理不尽にさらされることも少ない。そういう意味では、安定ってやっぱり大きな魅力だったと思う。」
でも、それでも戻りたいとは思わない。
その理由を尋ねると、石井さんは即答した。
「今のほうが、自分の人生を“生きてる”って実感があるから。」
公務員時代、守られている安心感と引き換えに、どこか“他人の人生をなぞっているような感覚”があった。
だけど今は、失敗も成功もすべて自分に返ってくる分、仕事が“自分ごと”として腹落ちするという。
「正直、仕事は今の方が全然しんどい。でも、気づいたら“いい意味での疲れ”を感じられるようになったんだよね。あの頃みたいな“心のしびれ”がない。日々、小さくても自分で選んでるって感覚があるんだ。」
後悔がゼロじゃないのは、人間として当然だ。
石井さんも、「選ばなかった人生」への未練が全くないわけじゃない。
それでも、**“今の自分を選んだことに後悔はない”**と断言できるようになったのは、転職後に味わったたくさんの挑戦と学びがあったからこそだろう。
「大切なのは、“自分で決めたかどうか”だと思うんだよね。親の期待でも、世間体でもなく、自分で選んだ道。そこに自分の覚悟があれば、たとえ後悔する瞬間があっても、前には進める。」
“後悔がない人生”なんて、たぶん存在しない。
でも、自分で選んだ道を、自分で正解にしていくことはできる。
それが石井さんの今の姿勢であり、
あのときの決断を肯定し続けられる理由なのだと感じた。
【まとめ】肩書きより大事なのは、自分の人生を自分で選ぶこと
「公務員を辞めるなんて、もったいない」
「安定してるのに、なぜわざわざリスクを?」
石井さんの決断は、周囲から見れば“正気じゃない”と思われたかもしれない。
でも彼は、その“もったいなさ”よりも、“このまま終わることへの違和感”のほうを選んだ。
結果として、民間企業での生活は決してラクではなかったけれど、そこには自分の意思で人生を切り拓くという実感があった。
世の中には、「正解」と言われるルートがいくつもある。
公務員になれば安定だし、大企業に入れば将来は安心、という“常識”もある。
でもその「正解」は、誰のものだろう?
本当に、自分自身が心から望んでいる道だろうか?
「肩書きがあっても、心がついてきてなかったら意味がない。逆に、肩書きがなくても、自分で選んだと胸を張れるなら、それは何よりも強いと思う」
石井さんのこの言葉は、私の心に深く刺さった。
人からどう見られるかより、
履歴書の見栄えより、
**“今の自分が納得できるか”**が何よりも大事。
それを決めるのは他人じゃなく、自分自身だ。
公務員を辞めたことで、石井さんは安定を失ったかもしれない。
でもその代わりに、**「自分の人生を自分で生きる力」**を手に入れた。
それは、何にも代えがたい“生きる軸”だと思う。
そして今、もしも「このままでいいのかな」と感じている人がいるなら。
その違和感を、どうかなかったことにしないでほしい。
誰かの“正解”じゃなく、あなた自身の“納得”を探すこと――
それが、本当の意味での「安定」につながるのかもしれません。